西村 亮之介の世界

西村 亮之介(にしむら りょうのすけ)

東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。幼くしてアコースティックギターを始め、3歳で千葉県市原市へ移住。白幡小学校の器楽部で打楽器、辰巳台中学校の吹奏楽部でフルートを経験する中で、エレキギター、エレキベース、ドラム、そしてDTM作曲に興味を持つ。幕張総合高校芸術系列音楽専攻で音楽理論や和声学を学びながら、シンフォニック・オーケストラ部で打楽器を演奏。オケスト『美女と野獣』編曲や吹奏楽ポップス新作初演『Spice!?』などを披露する他、第71回全日本吹奏楽コンクール高等学校の部にて金賞を経験する。2024年、洗足学園音楽大学作曲コースに入学し、クラシックや現代音楽から、ジャズ、ポップス、DTMなど多岐ジャンルを学ぶ。サークル『しわしわ〜ず』でベースを担当、ロックバンドでのドラムサポート演奏などの経験も積み、現在は映画・ドラマ・ゲームにおける劇伴音楽の研究を主としている。
作曲を小谷野謙一、神坂享輔、佐藤ひろのすけ、伊藤巧真、ピアノを伊藤善教、ギターを西村俊哉、フルートを西村いづみの各氏に師事。
【作曲コースにおける披露作品】
・室内オーケストラ『雲-2台のピアノのための協奏曲-』
・弦楽五重奏『生贄ノ舞』
・トランペット小品『SOLO』
・混成四重奏・小組曲『サーレ黒森にて』
・ヴァイオリン小品『Buona Notte / 明日のおとぎ話』

2025年度

作品発表演奏会
 日時:2025年12月24日(水)
 会場:シルバーマウンテン1F

ピアノ五重奏曲『生贄ノ舞』

 生贄とは、人や動物を生きたまま神に供えること、またその供物をいう。かつては人間を捧げる事が神への最大級の奉仕とされており、無病息災や贖罪、救済を求めて行われた。市民全体の願いのために葬られる生贄その者の心は、歓喜、憤怒、悲哀、享楽、果たして何を訴えるのか。
 言葉で表すに余る感情を、踊りという視覚的・肉体的情報に例えて、音楽として具現化した一曲。

作品収録演奏会 in Summer 2025
 日時:2025年8月27日(水)
 会場:シルバーマウンテン1F

“SOLO” トランペットとピアノのための

孤独というものに対する印象を、率直に書き殴ったもの。ひとりならば誰にも何にも縛られること無く自由に旅ができ、好きなことを気の済むまで存分に楽しめる。そう屁理屈を並べて寂しさを誤魔化すのも、たまには欲しくなる味。
変ホ短調の中で形式的に何度も繰り返される主題が、深く心の中から強く訴えかけてくる様に注目していただきたい。

2024年度

作品発表演奏会
 日時:2024年12月20日(金)
 会場:シルバーマウンテン1F

小組曲『サーレ黒森にて』

 短い序章から始まり、5つの小曲で構成されている。表題の通り、サーレ(Sare)という架空の地に広がる黒い森で、一つの物語が結着した様を音楽に著した作品。単なる異世界ファンタジーである。
α.サーレ黒森
 その地に眠る旋律。旅する少年少女は勇者となるべく、大きな漆黒の木々が成す濃密な森の、奥深くへ足を踏み入れた。
β.歴史書 ※本日は公演時間の都合上演奏いたしません
 その本は語る。遂に辿り着いた、森に聳える大きな廃洋館。奇妙な程人気の無い館内で、二人は一冊の書物を見つけた。嘗て國を築いていた大文明の遺物らしく、巻末には当時の筆者の遺言まで綴られていた。
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 暴走。この洋館は、探し求めていた連中とは異なる文明のものらしい。その動揺と油断も全て敵の策中、奇襲により少女は連れ去られる。時は一転、意識を失った少年が次に我に返った時の景色は、十字に架けられた少女に向かって矢を射た瞬間だった。
δ.屍の副司令
 蘇生された男。少女は薄暗い聖堂の中心で拘束される。正面に立つ古い軍服姿の男は、淡々と歴史を語り聞かせた。洋館を乗っ取り原住民を抹殺したという、勝利の歴史を。しかし長く続く対話は終着を待たずして、少年の背後からの不意打ちによって断たれた。
ε.Elgrodue
 異種族。逃げも隠れもせず、狙うは将軍の首。満を持して二人が対峙した相手は、怪物であった。忽ち戦闘状態に入ると、目にも止まらぬ俊速で二人を圧倒する。だが、傷ついた身体が限界の白旗を揚げたがる中、彼らはやはり勇者だった。

録音・録画会 in Summer 2024
 日時:2024年8月28日(水)
 会場:シルバーマウンテン1F

Buona Notte / 明日のおとぎ話

 ピアノの弱奏がウインドチャイムのように幻想を呼び、バイオリンがその世界観を朗朗と語り始める。並んでゆく言葉が次第に色づき、気付けばまっさらだったキャンバスは美しいもので満たされている。そしてそれを背景に、踊り出す主役。数多の地を巡り、時に未知の苦難に彷徨いつつも、強い意志を取り戻しフィナーレまで駆け抜ける。結末を迎えるとその幻想は遠のいていき、遂にあなたは最後のページを閉じ、表紙の題名を今一度見返した。
 どんな国、どんな文化を示す訳でもなく、ただ聴き手一人一人が持っている“ファンタジー”に浸ってくれればよい。子供心に返って、寝る前によんだ物語の中身が夢の中で広がるような体験をしてほしい。

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